倦まず弛まず

目指せプチ科学。馬鹿は馬鹿なりに考え続けるのだ!!
カテゴリ:体( 5 )
目が見えるとはどういうことか〜遠視 理論編
すっかりご無沙汰です、ぱなこです。
最近、なかなか面白いことを思いつけない日々であります。
しょうもない内容でも、まとまった文章を書こうと思うと集中力が必要なんだなぁと感じる今日この頃。


さて。
今回は昔の記事「遠視 エピソード編」の続きです。
皆様、視覚についての説明の中で、こんな感じの絵を見たことはありませんか?
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あるいはこんな。
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子供の頃はふーんといって流していたのですが、今頃になってどうも違うんじゃないかと思うようになりました。
なんかよく分からんということは、よく考える余地があるということです。
木の絵と目の絵は、どうして縮尺がこんなに違うのか?
目の奥に、ほんとにこんな風に絵が映るのか。

間違いの答えを先に言ってしまうと、上の絵は、目の中で光を表す線が交わっているところが決定的な誤りで、その他のところも説明をするための絵としてはまったく不十分です。目の奥に像が映るというところは間違いではありません。
下の絵は、眼球の構造自体は丁寧に描いてありますが、光が曲がるところが眼球の表面になってしまっているところと、瞳孔の上を光が通過しているのが誤りです。光が曲がるのは角膜を通る時とレンズ(水晶体)を通過する時です。

こういった説明の絵では一般に、光は平行に目に入ってくることになっています。
遠くから光が来ることを想定しているから角度は無視してもいいのだ、というのが彼らの言い分です。
それに対して、目の仕組みを説明しようと言う時にそういう想定を置くことは理解の妨げになるというのがぱなこの主張。


一番大事なのは、光が「波」の性質をもっているということ。
ぽちゃんと水たまりに石を落とすと波が広がっていくように、光も普通は発せられたところからブワーっと広がっていきます。
四方八方に広がっていくのです。


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ところがこの状態だと光源の色や形はブワーっと広がったままで、何が何やら分かりません。
ミドリムシ基準なら「波」がやってくる方向さえ分かれば良いので「見えた」と言えますが、ヒト基準ではこれでは「見えた」とは言えません。



例えば、小さな光の点があるとき。
これを目で見て「小さい光の点である」と、どうやって認識するかというと。
四方八方にブワーっと広がった光のうち、目の中に入ったぶんだけを、もう一度一点に収束させて網膜に映すのです。
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瞳孔を通った光は、レンズ(水晶体)に入る時と出る時に屈折します(絵の入射角は適当です)。
レンズの中心に近い程屈折せず、中心から遠い程よく屈折して、レンズの厚みに応じたある距離で像を結びます。これは普通の虫眼鏡と同じ現象です。
点から発せられて拡散した光が、もう一度点に収束してこれが網膜に映った時に、「光の点が見えた」と言えます。
(この絵は単純にレンズの働きだけを表していますが、実際には角膜が結構光を屈折させるので、レンズは焦点合わせの微調整をするだけだという噂です)



次にちょっとだけ複雑にしてみましょう。
光の点が青、緑、赤の三つあるときです。
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それぞれの色の光がブワーっと広がって、全部混じると白色光になってしまいます。
ちなみに青と緑だけが混じるとシアン、緑と赤だけが混じるとイエロー、赤と青だけが混じるとマゼンタになるそうです。
これを元通り青と緑と赤の3つの光の点があると「見る」には、やはりそれぞれの光がレンズを通して再び収束して光の点になって網膜に映らないといけません。
なおこのとき上下左右が逆転するのは、これはもうレンズというものはそういうもんなのです。
光を収束させるにはレンズが一番便利だが、レンズを使うと上下左右がひっくり返っちまうのです。
でも悲観することはない。
目の先には脳と言う便利なものがあるので、ひっくり返った像はそこでもう一度ひっくり返せば万事オーライさ。

もっと複雑な風景などは、つまり点描画だと考えればよろしかろう。
写真でもそうですが画素数(視細胞)が十分に多いので滑らかな絵が見えるのです。


そして、網膜で合うべき焦点が網膜よりも遠いところで合ってしまっているのが、遠視って奴です。
逆に網膜に届く前に合ってしまっているのが近視です。
もういろんな光が混じり合っちゃって、網膜に映るのは白ばっかりです。
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遠視の図




レンズは元々厚みの有るものですが、普段はレンズをぐるりと取り囲んでいる毛様体筋によって引っ張られてちょっと平たくなっています。
まぶしいと瞳孔がキュッと小さくなるのと同じように、近くを見るとき毛様体筋が形作る円はキュッと小さくなります。
すると、レンズを引っ張る力が弱まって、レンズは厚みを回復します。
毛様体筋をキュッと小さくするには力が必要で、小さくしている間は緊張が続くことになります。
逆にレンズを薄くするために力を使うことはできません。
一番薄い状態から厚くすることはできるけど、一番薄い状態からもっと薄くすることはできない。
それが、遠視はピント合わせができるが近視はピント合わせできない理由です。

(追記2008.10.6. 毛様体筋ciliary muscleは、レンズを取り囲む環状の筋繊維であるMüller筋と、放射状の筋繊維であるBrücke筋とが一体になってできているようです。つまりBrücke筋が毛様体筋全体、ひいては毛様体筋にぶらさがっているレンズを目玉(強膜)につなぎ止めて支え、Müller筋がレンズの厚みを調節するわけですね。複雑な連係プレーだ。MüllerさんとBrückeさんはダーウィンと同時代の人です。目の進化について悩んでいたダーウィンは、きっと彼らの発見についても知っていたことでしょう。)


こんな風に書けば遠視の人が何を見るにも疲れてしまう、というのがご理解頂けるでしょうか。
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一応何でも見えるけど、何を見るにも疲れてしまうので、特に注意を払うべきことが無い場合にはどこへも焦点を合わせずにホゲーとしていることが多いです。
何かを見つめている様子の恋人に「なにみてるの?」と尋ねた時、「なにも。」と言われてムカッと悲しいこともありましょうが、本当にホゲーとしている時にはそう答えざるを得ません。認めてあげてちょうだい。
テレビの方を向いているからテレビを見ているんだと思って番組のことを話したら、話が通じない。そんな時ハァ!?と言いたいこともありましょうが、ホゲーとしていた場合は実際テレビは見ていなかったのでどうしょうもありません。許してあげてちょうだい。


そして行き着く先は老眼です。
他の筋肉と同様に目の筋肉も歳をとると衰えます。
レンズの柔軟性は低下します。
つまりはレンズを分厚くする能力が低下するのです。
そうしたが最後、遠視の人は遠くは見えない、近くはもっと見えない、嗚呼!!
仕方ないんですけどね。
近視の人は遠くは元々見えないし、近くを見るのにあまり筋肉を使わないので、老眼になっても老眼前とのギャップが比較的少なくて済むようです。

この先なるべく必要ないものは見ないように生きていきたい。
そういうわけには、なかなかいかないよなぁ。。
この眼が見える限り、眼精疲労と付き合っていくことになりそうです。
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by panaco | 2008-10-05 18:36 |
水ぶくれの扱い方
もう松の内も過ぎてしまいましたが、皆様明けましておめでとうございます。
更新頻度が落ちておりますが、まだネタはあるので引き続き当ブログをよろしくお願い致します。

先週のこと、右手の人差し指の先に火傷を負って4mm四方ほどの小さな水ぶくれができてしまいました。
ザラメ糖のかかったパンをオーブントースターで焼いた後、
「このザラメが熱いから気をつけないと」
と思ってチョンと触ったところ、ザラメ糖が指先にぴとっとくっついて来て

ぐわっちゃあぢぢぢぢ!!!!!

自分の予測が正しかったことを身を以て確かめたわけで、ある意味満足しました。
すぐに保冷剤を使って一生懸命患部を冷やしたのですが、冷たいのがつらくて冷やすのを止める、手が温まってくるとジンジン痛くてまた冷やす、の繰り返しでした。
あの火傷の痛みって、患部は指先のくせになんか脊髄に響くというかまったく背骨の中で警戒警報が鳴り響いている感じがしてつらいものですね。
もっと深いひどい火傷になると痛くないそうで、おおおなんとも恐ろしい話であります。

火傷は今はだいぶ癒えて朝は少し赤いだけ、夜になると水が溜まってタイピングに違和感がある、という状態になりました。


この水ぶくれ(水疱)を見ていて思い出したのが12年前のこと。
スキーのビンディングが破損して、仕方が無いので板とストックをかついでスキー靴を履いたまま2km程せっせと坂道を歩いて宿まで帰ったことがあります。
あのスキー靴というのは歩くための靴ではありませんから、両足のふくらはぎの内側(くるぶしの15cmくらい上)がひどく擦れて水ぶくれができてしまいました。
左右両方の脚に同じくらいの大きさの水ぶくれが出来ているのをいまいましく眺めながら考えました。
それにしてもきれいに左右対称の水ぶくれだなー、何かに使えないかな。実験してみようかな。

水ぶくれって、当時「壊さないようにそっとしておかねばキレイに治らない」とか「水を出すべき」とかなんとか、一体何がホントかいなと思っていました。
そこで、スキーから帰宅した後、片方の水ぶくれは皮をはがして消毒し、もう片方は消毒した針を使って水だけ抜いたのです。

その結果は、感動するくらい同じでした。
両方が同じ日に完治したのです。
右脚も左脚も同じ人間なので皮膚の再生速度も同じ、考えてみれば当たり前の話です。
皮を剥がした方には、皮の代わりに薄いかさぶたができました。
水(リンパ液)だけ抜いた方には、すぐにまた水が溜まりました。1日に1回抜きましたが、抜いたらまた溜まりました。しばらく経つと水は溜まらなくなって、皮が患部にぴたっとくっついた状態になりました。
左脚の患部にくっついていたその皮がはがれるのと、右脚の患部のかさぶたが取れたのが同じ日でした。
つまり水ぶくれはかさぶたと同じ機能をもっていると考えられます。皮膚が再生するまで患部を覆っていてくれるのです。

この実験からぱなこが出した結論は、
「水ぶくれは放置しておけばよい」です。
皮が破れて取れちゃったところで免疫系が正常な人ならばダメージは全く受けないでしょう。
針で刺して水を抜いたって、すぐに元の木阿弥です。
もっとも、リンパ液が服に付いたりするのはイヤなので、いつ破れてもおかしくないような水ぶくれならば絆創膏かガーゼで覆っておくのが良いでしょう。
でも水ぶくれは針で刺してもまたすぐ水が溜まったことから分かるように、見た目よりもずっと丈夫に出来ています。
そりゃそうよね、あんなにスキー靴でこすれても破れなかった皮だもんね。


今ぱなこの指先にある水ぶくれは、幸い分厚い手の皮の下に閉じ込められていて破れる気配はまったくありません。
そういうわけで、違和感を感じつつもガシガシこの原稿を書いたのでありました。

(追記2008.2.6)
誤って一度コメントごと記事を削除してしまいました。ゴメンね。
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by panaco | 2008-02-06 12:09 |
遠視 エピソード編
ん〜、最近とみに老眼がひどくなったような気がします…
30やそこらで老眼とは笑止、と、言いたいですわよわたくしも。

子供の頃は視力に何の問題もありませんでした。
視力検査では小、中、高校を通じてだいたい1.5か2.0、人並み以上の数値をだせることにほのかな誇りを抱いておりました。
ところがどっこい、ぱなこが二十歳を過ぎたある日の事、目医者へ行った母が言う事には
「おかあさん遠視なんだって。遺伝するらしいからぱなこも一度診てもらっておきなさい。」

!?…遠視ってなんじゃらほい。
マサイ族みたいなのですか。あるいはエスキモーとかモンゴルの放牧民?
昔、知り合いが遠視だって言って眼鏡かけてたなぁ。眼鏡が必要なものなのか!?

母がめんどくさがり屋のぱなこをどうやって説得したのか忘れてしまいましたが、多分ぱなこの目が疲れやすいのは遠視のせいなんじゃないの、眼鏡かけると楽になるらしいよ、とかそんな事だったように思います。
ほうほう、目なんて誰でも疲れるもんだと思っていたけれど、実はそうでもなかったりするわけですか。
なんかこう、突然に自分が労られるべき“病気持ちの人間”になったような気がして若干気分が良かったり。

そうして自分はまず間違いなく遠視であるという確信をもって目医者へ行き、色々検査をされた後、やはり遠視であるという診断を頂きました。
どうでもいいけどパシュッて空気を目に当てる検査は、「ちょっとびっくりしますよ〜」って言われて本当にびっくりしてしまうので、癪に障りますね。
ぱなこの目は遠視と乱視がはいっているそうな。
早速メガネの度を決めるべくレンズの入れ替えができる重たいメガネをかけさせられて、
「このレンズと…このレンズ、どちらがよく見えますか?」と聞かれますが、ぱなこの感想は
「…どちらもなんにも見えません」
慣れないと遠視用眼鏡を通してモノを見るのは難しいのです。
この時はなんとかマシな方のレンズを選択して度を決めてもらいました。

近視の友人が、
「初めてめがねをかけたとき、世の中ってこんなにクリアだったのかとすっごく感動したよ。だって電車の中吊り広告とか、こんなもの見えないのにどうして掲示するのかなぁって不思議に思うくらい見えてなかったからね。」
と、オドロキの体験談を話してくれた事がありました。中吊り広告が見えていなかったなんて信じられん…
しかし、遠視メガネはそんなに分かりやすいものじゃないのです。
いちんちふつか使ったぐらいでは、ありがたみを実感できません。
そもそもぱなこが視力検査の成績がいつも1.5以上だったことから分かるように、若いうちは別に問題なくよく見えるのです。

ただ、すごく目が疲れやすい。
眼精疲労ってやつです(目の疲れ・眼精疲労研究所)
特にツライのは、近くと遠くを交互に見る事です。
街を歩くと、足下を見たり、遠くの看板を見たり。手元の商品を見たり、遠くの案内板を見たり。
車を運転すると、前の車を見たり、道路脇をふらふら走ってる自転車を見たり、信号を見たり。
ツライのよ〜。目が開けられなくなっちゃいます。
でも見ないわけにはいかないので、片目ずつ開けてみたり、薄目で見てみたり、ぎゅ〜って閉じてからあけてみたり。家族に不審がられます。
ひどいときには前頭部がぎゅ=っと痛くなったりもします。
遠視のメガネの役割は、主にこの疲れをいくらか緩和する事にあります。


また、遠視の主要な症状としては疲れやすいとか頭痛の他に、「集中力がない」というのがあります。
「見る」のがつらいから、集中力が続かないのです。
OH!!!!!! ぱなこに集中力が欠けているのは遠視のせいだったのか!!!
二十歳にして驚愕の新事実発覚でありました。
幼い頃に気づいてメガネをかけていればなあ…もっと勉強して今頃は大物になっていたはずなのになあ…

「遠視ーー理論編」(投稿予定)に続く
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by panaco | 2006-11-17 18:23 |
ガングリオン解消法
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(バビル2世の曲でどうぞ)
薄い皮膜に隠された 関節包に住んでいる 超良性腫瘍 ガングーリオン
ココロの平和を守るため 三つの僕に命令だ ヤァ
木刀持ったら ひっぱたけ
注射器ぶっさし 吸い出すぞ
それもだめなら 切除かな

ぱなこはガングリオン・オーナーです。(オーナーズクラブ本部)
ところが最近我がガングリオン(愛称ガンジー)は縮小傾向にあります。

事の起こりは数ヶ月前、ある朝出かける支度をしていてふと右手首を見ると、なんだか見慣れない出っぱりがある。
こんなものあったっけ?と思って左手首を見ると、ない。
んんなんじゃこりゃ〜!!!と焦って調べた結果、ガングリオンと判明しました。

10年前に、パソコンでマウス使ってぷよぷよやりすぎて腱鞘炎になったせいで、今頃ガングリオンになったのか?
などと考えていたのですが、ガングリオンと戦う皆様を尻目にぱなこのガングリオンはある日を境に縮んできました。

何をしたかと言いますと。

ぐーで腕立て伏せ。です。

ある時、自分がぐーで腕立て伏せできないことに気付いて(パーなら何回かできます)ショックを受け、同時にぐーで腕立て伏せできるようになったらかっこいいかもなどと思って鍛えてみたらば、次の日。

やけにガンジーが自己主張するのです。
痛いかと問われれば痛いというほどではない、痺れるかと問われれば痺れるというほどではないんですが、とっても不愉快。
ガングリオン・オーナーにしかご理解頂けないかと思いますが、ガンジーが「俺はここにいるぞ〜!!」と激しく主張するんです。
オーナーとしては撫でてみたりさすってみたり、ごりってみたり。
でっかくなったらどうしようとか心配しましたが、心配の甲斐も無く夜には小さくなってました。
今思えば、ガンジーは自らの余命が短いのを悟って別れを告げようとしていたんでしょうかねぇ。まだいるけど。

手首にガングリオンをお持ちの方は、是非一度ぐーで腕立て伏せ、試してみてください。
ただし、無理はしないようにね。5回ほど出来れば十分です。
そして、結果をぱなこに教えてください。
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by panaco | 2006-06-02 15:25 |
脚のむくみ、おそるべし
ぱなこは一昨日、生まれて初めてロングブーツを買いました。
何年間欲しがっていたか忘れてしまいましたがとにかくやっとこ買いました。
やったぜぃ!!

ロングブーツの箱ってとてもでかいです。
長辺が70cmはあるかな?(大げさ)
32インチの液晶テレビを肩からかけているようなもんです。(大げさ)
帰りに入ったレストランでは、その液晶テレビで入り口のそばのテーブルのコップをなぎ倒し、「あっスミマセン」と返すテレビで背後のテーブルのコップもなぎ倒し、えらいことでした。

とまれ、買ったその日は無事に帰宅して、この無精者ぱなこが早速ミンクオイルを塗って部屋に飾ってみたりなんかしちゃったりして、次の日ウキウキで履いて出かけたわけです。

♪行きはよいよい帰りは怖い〜

ぱなこは普段日中はスリッパ履きなので、その日も一日スリッパで過ごした後。
帰る段になってブーツを履こうとすると。
なんと、ふくらはぎが入らないではないですか!!!!がーん。

これはなんとしたことか?
今朝は余裕だったぞ?
むむー、これが噂に聞く“むくみ”とやらに相違ない。
さてどうしたものか?
履いて帰らんわけにはいかん。
来る時は入った脚だ、入らんはずはない。

狼狽を隠してここまで考えると、ぱなこはわっせわっせとブーツの中にふくらはぎを押し込み始めました。
立ったり座ったり、右向けたり左向けたりして、足首の周辺に変なたるみは残るもののなんとか歩ける程度にまでなりました。
この日はパンツスタイルだったから良かったものの、スカートだったら入りきらなかったふくらはぎがブーツの上に乗っかっている様を世間にさらすところでした(汗)。

「お疲れさまでーす」
いざ、帰宅。
左右の脚に体重をかける度に締め上げられたふくらはぎがギリギリ痛みます。
いえ、体重がかかっていなくても痛みます。
ゆっくりゆっくり歩くぱなこの頭の中では赤いパトランプがくるくる回っています。
右、左、右、左、やばい、やばい、やばい、やばい
千里の道も、一歩から。がんばれぱなこ。

そういえばぱなこは靴屋でこのブーツを試着した時にもやばい目にあったのでした。
始め生脚に試着したら皮膚にブーツの革が密着して脱げなくなっちゃったのです。
ふくらはぎを引き出そうと四苦八苦するぱなことブーツを引っ張る店員さん。
「今日はお店が空いていてホント良かったです」
真面目な顔でおっしゃる店員さん。
焦って体温上昇、更に汗をかいてブーツが脱げにくくなるぱなこ。


そんなことを思い出しながら、右、左、右、左、やばい、やばい、やばい
あの時は店員さんが引っ張ってくれたけど、誰もいない部屋へ帰ってこのブーツは果たして脱げるのか?
いや、今回はストッキング履いてるから大丈夫…なはず…e0024903_1952772.jpg
玄関で、サビニャックの絵のように寝転がって脚を上に挙げていれば溜まった水分が脚から出て行くかな?
ひょっとしてこのおじさんもブーツが脱げないのか?いや、そんなはずないよな。
右、左、やばい、やばい

結局この危機的状況は、ブーツの革が伸びたのかぱなこの脚があまりの圧迫に耐えかねて縮んだのか、電車に乗ってしばらくすると徐々に解消されて、家では苦労もなく脱ぐことができたのでした。

しかし、またあんな目に遭うかと思うとブーツを履いて出かけることが怖くなってしまいました。
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by panaco | 2005-12-06 20:11 |


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