倦まず弛まず

目指せプチ科学。馬鹿は馬鹿なりに考え続けるのだ!!
カテゴリ:はじめに( 2 )
所信表明
結局、前の記事はコネタ道場に投稿したものの1ヶ月以上載らないので、ボツのようです。
こういうことを考えるのはぱなこだけじゃないはずだと思いながら投稿しましたが、やはりエロとかグロでなくてもNGなネタはあるようですね。



さて、3年です、3年。
当ブログを立ち上げてから3年が経ちます。
長かったような短かったような、不思議な感じです。
ここらでちょっと倦まず弛まずが目指したいところを改めて整理しておきます。

基本はやっぱり「目指せプチ科学」です。
疑問が湧いたらそれは簡単にはポイしない、「わからない」ということを覚えておいて機会があるごとに情報を集めて理解しようとする、理解できたらそれを他人にも分かりやすいように記事にする、ということをメインテーマにしていきます。


見習いたいと思う人やサイト、TV番組があります。

サイドバーにもリンクが張ってありますが、植木不等式(ダジャレルバンク天文台)や大西科学の知識量や科学的な姿勢、ユーモア、言い回しの妙、連想力。
普段からあーでもないこーでもないとごにょごにょ考えて、自分のことと自分以外のことをよく観察and考察している人々です。
そんな彼らを見習いたい。

それからデイリーポータルZとNHKの熱中時間。
マイナーな価値観を臆すること無く表明・追求する、興味を持ったらとにかく調べる、技術を極めて他人を感嘆させる程に習熟するなど。
すごいですよねー熱中人。
ぱなこはひとつのことを徹底してできる熱中人タイプの人間ではないのですが、短期的・ある程度のレベルに達するまではそういう姿勢を見習わねばと思います。

あと、朝日放送の探偵ナイトスクープ。
しょうもないことを一生懸命やる姿勢。
そして「しょうもないこと」だったはずなのに、なぜか爆笑や感動につなげてしまうワザ。



過去にぱなこの周囲にいた賢い人々の「賢い」には2種類ありました。
「量」と「質」です。
例えば同じことを言われても理解できる人と理解できない人がいます。
両者共に予備知識がないのに出る「理解できる人」「理解できない人」、この差がつまり「質的」な違い。
そして予備知識があるから理解できる、予備知識が無いから理解できない、この違いが「量的」な違いです。
質的に賢いといろんなことを楽に理解できるので、もっと知りたいと思い量的にもどんどん賢くなります。
逆に量的に知識が増えると連想力のバリエーションが増し、脳みそが鍛えられて質的にも賢くなるようです。
このように賢いのインフレーションが起こるので、賢い人って学生時代から「なぜ勉強しなきゃいけないの?」なんてちびっとも考えないらしいのですよ。
賢くなれば勉強する。勉強すればもっと賢くなる。
親から勉強しろとわざわざ言われることもないし、どうしておまえはそんなに出来ないのだとも聞かれない。
どうしてアホかなんてアホ本人に聞かれたって分かるもんか。
賢いことは絶対的に良いことです。
アルジャーノンとチャーリィは賢いから苦悩するんじゃなくて、煩悩があるから苦悩するのです。
だから賢くて悪いことなんて何もないのです。


えっと、何に関してもとにかく調べることと考えることをケチらずに、ぱなこも賢くなりたいです、という話でした。
それが他人のためにも役立てば、なお良いなーというのが当ブログ「倦まず弛まず」のコンセプトであります。
これからも精進して参ります。よろぴく。
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by panaco | 2008-07-19 17:24 | はじめに
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ぱなこの名前の由来:
小学生の頃、
「やりっぱなしのぱなこちゃん、出しっぱなしのぱなこちゃん」
と、揶揄されておりました。そりゃーもう、部屋の汚いことと言ったら。布団は怒られるまで敷きっぱなし、教科書、本、プリント類、衣類、ティッシュなどが足の踏み場もなく散乱して、布団を上げるとようやく足の踏み場が現れる、って感じで。衣類やプリント類の下には何が落ちているやら分かりませんから、迂闊に足を置くことは出来ません。隙間を見つけて足先で隙間を広げながら歩くか、教科書を踏んづけて歩くかです。教科書は柔軟性が低いので、その下に何か壊れるようなものがあれば不自然に傾いて一目で分かるのです。つまり、飛び石がわりってことですね。そんな有様で掃除なんて出来ようはずもありません。一ヶ月やそこら掃除した覚えがないなんて普通のことだったので、小学3年生くらいのときにハウスダストのアレルギー性鼻炎を発症し、以来小学校生活はマイ・ティッシュ箱を小脇に抱えてのものとなりました。

しかーし。
そんなぱなこも、成長するに従って乱雑な環境がいかに元々高くない己の能力を引き下げているかを理解し始め、今では(比較的)合理的に整頓された環境を作り出すに至ったのだとさ。めでたしめでたし。

いや、実はありますよ、今でも。ご飯をわっせわっせと作って、わ〜できた、お箸もお皿も全部出揃って準備万端、さあ食べよう。と思いながら台所にふと目をやると、戸棚の扉と引き出しが全部開いてるの。どうして開けっ放すのかということについてはどうせまた開けるのに閉めるのが嫌だとか引き出しが木でできていて出し入れするたびに木屑が落ちるのが嫌だとか引き出しが出ている時に引き出しの下の扉が開いているとその上に引き出しが丁度乗っかって具合がいいだとか開け閉めするたびにバタンバタン音がするのが嫌だとかいろいろありますが、要は「めんどうくさい」んです。扉の開けしめすら面倒がるようなぱなこが整理整頓できるようになったわけは、、、おいしそうなご飯の前に落ち着けたおしりを「よっこらせ」と持ち上げて、ばたんばたん、がー、と扉と引き出しを閉めてから晴れて食事を開始する、ということを厭わないことにしたから、でしょうかねぇ。だってぱなこがぱなこのまま年をとると、ぱなばばあになってこれは前から見ても横から見ても立派な「おばはん」と呼ばれる生き物ではないですか(もしやそれ以下)。わたくし、おばはんにはならないと固く決心をしておるのです。えいえいおー。

なんだか「ぱなこ」の由来の話を書いていたら話が長くなって来て、こんなしょうもないことを書いていていいのか自分、という気持ちが芽生え始めたのでもうやめよう。要はそう呼ばれていたことがあるって話です。

ちょっとだけ所信表明。
ニュースを横流しして「こんなこと書いてあるけどどうなんだかねー」みたいなブログはつまんないので、そんなのにならないように気をつける。
自分の抱えている問題や、私的に付き合いのある個人に対する不平不満を書かない。他人に自分の問題解決を頼もうとは思わないしあとで読み返すと気分悪いのがぶり返すから。
なにかしら自分と他人様の役に立つような、読み返しに耐えるようなブログを目指して、ブログ始めたものの放りっぱなしのぱなこにならぬよう、気をつけたいと思います。
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by panaco | 2005-07-13 15:55 | はじめに


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